規制改革・民間開放推進会議への申し入れについて

平成16年4月、内閣総理大臣の諮問に応じ、民間有識者13名から構成される規制改革・民間開放推進会議(議長 宮内義彦)が内閣府に設置されました。8月には会議の「中間とりまとめ」が公表され、その中で政府の重要統計調査についても民間開放等が検討されております。一部新聞報道にもありますように、重要統計調査には国勢調査も含まれ、国勢調査のユーザーを多数会員として抱える日本人口学会においても見過ごすことができないような状況にあります。そこで、「日本人口学会理事会」として下記のような申し入れ文書を、規制改革・民間開放推進会議議長宮内義彦氏宛に送付しました。



平成16年11月17日

規制改革・民間開放推進会議議長
宮内 義彦 様

日本人口学会理事会
会長 阿藤誠


現在、貴会議において、官製市場の民間開放等について、精力的に議論・検討されていることは、内閣府ホームページ等で承知いたしております。さて、去る8月3日に貴会議が発表された「中間とりまとめ」や各種の新聞報道等から推量しますと、政府の重要統計調査、とりわけ国勢調査の調査実施業務についても民間開放等が検討されているものと拝察します。しかしながら、国勢調査等の民間開放については、人口研究者など統計利用者の立場からみて次のような重大な問題点が考えられるため、現段階で民間開放の経済的効率性の視点からのみ早急に結論を出すことなく、統計利用者の意見を十分に踏まえるなど、より慎重な検討が必要である旨、日本人口学会理事会として申し入れるものです。



○ 日本は現在、世界に類をみない勢いで少子高齢化が進行中です。また、日本は、今まさに長く続く人口減少の時代に入ろうとしています。高齢化はすでに日本の経済社会に多くの問題を投げかけていますが、これから予想される一段と厳しい高齢化と人口減少は、日本の経済社会にとっての一大地殻変動とも言うべきもので、国を挙げての政策対応が求められる重大課題と考えます。このような重要な政策課題に日本社会が適切に対応していくためには、全国、各地域レベルでの少子高齢化、人口減少の趨勢を正確に把握し、的確に予測するとともに、少子高齢化ならびに人口減少対策についての厳密な政策評価を行っていくことが必要です。そして、これらの人口動向の現状把握、予測、政策評価を行うにあたっては、これまで定期的に実施されてきた国勢調査や労働力調査などの国の大規模調査が継続実施され、精度の高いデータが提供され続けることが必要であることは言を待たないと考えます。

しかるに、今回貴会議において検討されつつある国勢調査等の民間開放は、これら調査の継続性、調査結果の信頼性並びに正確性を大きく損ねる恐れがあることを深く憂慮するものです。その理由は以下の通りです。

 第一に、国勢調査のような大規模調査がこれまで高い精度(信頼性と正確性)を誇ってきたのは、調査主体、実施機関としての公的機関(政府・自治体)に対する国民の側の信頼感、安心感、義務意識が強く、調査への協力度が高かったためであると考えられます。民間の調査機関が実施機関となった場合、国民の協力度が低下する恐れが大きく、公的機関が実施する場合と同様の調査精度(信頼性と正確性)を保つことはきわめて困難と考えられます。

 第二に、国は国勢調査等の大規模調査を円滑に実施するために、長い年月をかけて調査実施のためのシステム作り・人材養成を行ってきました。特に調査の第一線で調査票の配布、説明、回収に携わる統計調査員は、単に経済的動機のみでなく、国の統計調査という公的仕事に協力することへの誇りと責任感を持って多くの調査に携わっていると言われています。このことが調査対象者としての国民の協力度を高め、調査の回収率にも大きく影響していると考えられるのに対し、民間の調査機関の調査員がそのような誇りや責任感を持つことは難しいと考えられます。

 第三に、仮に「市場化テスト」によって国勢調査等の大規模調査が民間実施機関に移され、民間調査が従来並みの調査精度を達成できなかったとします(我々は、その可能性が極めて大きいと危惧します)。その場合、再び国で実施することに方針変更したとしても、いったん壊した大規模調査実施のためのシステムを再構築し、人材養成を行うのは容易ではありません。仮にそのような事態が生じた場合、調査の定期的継続性が損なわれる危険性はきわめて大きいと考えます。

 第四に、国勢調査や労働力調査のような大規模調査の速報値並びに個票データは、私企業の利益追求活動(たとえば、株取引や販売促進活動)にとって計り知れない大きな価値をもちます。それだけに、これらの調査が民間実施となった場合、調査実施企業による調査結果の私的濫用のリスクもまた極めて大きくなります。調査データの私的濫用が起こり、やはり政府が実施すべきということになっても、前述の通り、いったん壊したシステムの再構築は容易でなく、これまた調査の定期的継続性がそこなわれる危険性が大きいと考えます。

 第五に、仮に民間企業が国勢調査などの大規模調査をいったん引き受けるとすると、調査の継続性を保つためには、現在国が構築している規模の調査実施体制(人材養成、人材確保を含む)を常時維持しつづけなければならなくなります。その企業に対抗するだけの競争企業が市場に登場しにくいとすれば、結果的に一企業(グループ)の独占となりかねません。その場合、調査実施の経済効率性低下のリスクがあることを措くとしても、国民の個票データを一企業(グループ)が独占的に私的利用できるリスクは、国勢調査等の大規模調査への国民の不信感を招きかねず、調査データの信頼性、正確性を大きく損ねる危険があります。


○  なお、国勢調査(一般的には人口センサス)に限って言えば、世界の民主主義国家のほとんどは、人口センサスの結果に従って地域別の国会議員の定数を決めており、日本も例外ではありません。このような民主主義の根幹にかかわる調査を私企業が独占的に実施することは考えられず、それゆえにこそ、上記の理由とも合わせて、市場化の最先端にある米国、英国などでも政府が直接に人口センサスを実施しているものと考えられます。