
本学会では1988年に日本人口学会賞授与規程を制定し、人口学分野における、会員の優れた業績に対して2年ごとに種々の賞を授与してきました。当初は学会賞と学会奨励賞の2つのみでしたが、1996年に学会特別賞を新設し、2002年より学会奨励賞を優秀論文賞と普及奨励賞に二分したことにより、現在は以下のとおり4つの賞を設けるに至っています。
日本人口学会第20回学会賞各部門の受賞者・受賞業績は以下の通りです。選考対象となったのは2023-24年の2年間における会員の業績です。
- 1.学会賞
- <受賞者> 永瀬 伸⼦
- <対象業績> 永瀬伸子『日本の女性のキャリア形成と家族 雇用慣行・賃金格差・出産子育て』 勁草書房(2024年8月)
- <理由>本書は、著者が30年にわたり積み重ねてきた研究成果の集大成であり、各方面からすでに高い評価を得ている。そこには、いくつかの特筆すべき特長が認められる。まず、日本女性のキャリアと家族を主題に据え、精緻な計量経済学的分析に聞き取り調査を組み合わせることで、多面的な分析を展開している点である。さらに日米の国際比較の視点も導入し、分析に一層の厚みを加えている。これらのアプローチは、社会制度・社会規範が人々の行動に及ぼす影響に関する実証研究の説得力を高めるとともに、そこで得られた知見を具体的な政策的含意へと結びつけている。次に、本書は人口学の学際的特質を生かしながら、日本における女性の労働供給の変遷と出生行動の変化を長期的かつ体系的に跡づけている点である。ここに、本書の人口学における重要な学術的貢献が認められる。加えて、本書の対象とする時代を実際に生きてきた著者ならではの視座が随所に示されており、独自の奥行きを与えている点も見逃せない。以上の諸点を踏まえると、本書の学術的貢献および社会的意義は極めて大きく、ここに学会賞を授与する。
- 2.優秀論文賞
- <受賞者> 木原 盾
- <対象業績> Tate KIHARA "Social Mobility Across the Pacific: An Analysis of Japanese Americans in the Continental United States,” Demography 61(3):849-878, 2024.
- <理由>20世紀初頭に米国で生まれた日系移民二世を対象に、祖父母・父母を含む三世代にわたる世代間階層移動を扱っている。既存研究では、ヨーロッパ系移民の二世は親の母国での社会経済的地位と無関係に上昇移動したことが知られている。しかし本研究は、日系移民の場合は祖父母や父母の日本での社会経済的地位が米国での教育・職業達成に影響したことを、1960年代に行われた面接調査の個票を用いて明らかにしている。使用したJapanese American Research Project (JARP)はUCLAによって実施され、日系移民一世と二世に対するインタビューから成るが、一世の米国移民前の日本における社会経済的地位に加え、その親世代の情報まで含む点で、世代間移動研究に適した優れた資料になっている。マルチレベルの重回帰分析を用いた検証も堅実で説得力がある。以上から、本論文に優秀論文賞を授与する。
- 3.普及奨励賞
- <受賞者> 原 俊彦
- <対象業績> 原俊彦『サピエンス減少――縮減する未来の課題を探る』岩波書店(2023年3月)
- <理由>本書は、少子高齢社会となった日本及び世界の人口構成の変化を背景に、こうした変化を不可逆的なものと捉える必要性を諸データの確認によって示したうえで、変化に適応し得る社会の構造転換について説いている。執筆当時の2022年のデータに基づいており、その後の世界の政治的状況や地政学的リスクを予見してはいないものの、むしろそれ故に人口転換の視点から経済的格差や再分配、温暖化やエネルギー問題に言及している点がむしろ斬新である。新書として広い読者に向けて、こうした問題への解決のために人口学が寄与することを伝え得る、良書となっている点が評価できる。特に、人口減少と国内・国際人口移動の問題については、日本が格好のケーススタディであり、それゆえにグローバルな意思決定における優位性(暗に日本の)を示唆している。さらに、誰ひとりとり残さないこと、人口減縮率を2%に抑えることで持続可能な発展がなし得、富の再配分や公正の実現が図れるとする主張に希望を見出す読者は多いのではないか。サピエンスの特質の結果に社会的連帯に置き、著者の主張を補強している点も、人口学からのナラティブとして興味深い。以上から、普及奨励賞を授与する。
- 4.学会特別賞
- <受賞者> 鈴木 透
- <対象業績> Toru SUZUKI Comparative Population History of Eastern Asia, Springer Nature Singapore, 2024
- <理由>本書は、東アジア(日本・韓国・台湾・中国)における少子化と高齢化を比較した著書(2013年刊)、東アジアの人口動態を歴史的な視点から論じた著書(2019年刊)に続く鈴木透会員による3冊目の英文著書である。現代の少子化・高齢化を「近年の政策失敗」や「経済停滞の帰結」としてではなく、長期的に形成された家族制度や農業形態・移動様式・国家統治の歴史的帰結として位置づけた点は高く評価できる。とくに、韓国や台湾が超低出生力に至った背景を家族と家族制度以外における儒教主義的なジェンダーギャップの乖離に求める前著から続く見解は、経済決定論的少子化論を相対化する可能性を持つ。自明のものとして比較対照される「民族」や「国家」についても、長期的な移動・混合・同化の結果と捉えている点は示唆に富む。東アジアの人口現象を超長期にわたって比較した点、現代の人口問題の源流を近代以前の歴史的過程、文化的背景、価値観に見出した点に独自性があり、東アジアの比較人口史という新たな視点を世界の読者に示した意義は大きい。また、鈴木透会員は上記の英文著書に加え、東アジア人口の研究の礎となった世帯形成の分析・世帯数の推計とその形式人口学的方法論に関する長年の研究により国内外の人口学の発展に寄与したため、本書に学会特別賞を授与する。
| 学会賞 | 優秀論文賞(第8回より) | 普及奨励賞(第8回より) | 学会特別賞(第5回より制定) | |
| *第7回までは「学会奨励賞」を示す | ||||
| 第1回(1988年) | 小林和正『東南アジアの人口』 | 稲葉寿「多次元安定人口論の数学的基礎Ⅰ」、南亮三郎監修『人口論名著選集』 | - | |
| 第2回(1990年) | 大淵寛『出生力の経済学』 | 該当なし | - | |
| 第3回(1992年) | 該当なし | 該当なし | - | |
| 第4回(1994年) | 大谷憲司『現代日本出生力分析』 | 該当なし | - | |
| 第5回(1996年) | 山口喜一ほか編『生命表研究』 | 該当なし | 伊藤達也『生活の中の人口学』 | |
| 第6回(1998年) | 岡田實・大淵寛編『人口学の現状とフロンティア』 | Osamu, Saito, "Historical Demography," Population Studies 若林敬子『現代中国の人口問題と社会変動』 |
速水融『歴史人口学の世界』 | |
| 第7回(2000年) | 坪内良博『小人口世界の人口誌』 | 該当なし | 岡崎陽一『日本人口論』ほか | |
| 第8回(2002年) | 山口三十四『人口成長と経済発展』 加藤久和『人口経済学入門』 |
金子隆一「人口統計学の展開」『日本統計学会誌』 | 阿藤誠『現代人口学』 | 該当なし |
| 第9回(2004年) | 稲葉寿『数理人口学』 | 該当なし | 速水融編『歴史人口学と家族史』 | 小林和正・南條善治・吉永一彦『日本の世代生命表:1891~2000年期間生命表に基づく』 |
| 第10回(2006年) | 該当なし | 鈴木允「明治・大正期の東海三県における市郡別人口動態と都市化:戸口調査人口統計の視点から」『人文地理』 | 早瀬保子『アジアの人口:グローバル化の波の中で』 | 該当なし |
| 第11回(2008年) | 該当なし | 小林淑恵「結婚・就業に関する意識と家族形成-循環モデルによる検証-」『人口学研究』 | 和田光平『Excelで学ぶ人口統計学』 | 大友篤『続 人口で見る世界-人口変動とその要因』 |
| 第12回(2010年) | 平井晶子『日本の家族とライフコース ―「家」生成の歴史社会学―』 | 林玲子「Long-Term World Population History: A Reconstruction from the Urban Evidence」『人口学研究』 | 鬼頭宏『図説 人口で見る日本史 縄文時代から近未来社会まで』 | 河野稠果『人口学への招待-少子・高齢化はどこまで解明されたか』その他 |
| 第13回(2012年) | 津谷典子, Wang Feng, George Alter, James Z. Lee(他)『Prudence and Pressure: Reproduction and Human Agency in Europe and Asia, 1700-1900』 | (2編) 鎌田健司・岩澤美帆「出生力の地域格差の要因分析:非定常性を考慮した地理的加重回帰法による検証」『人口学研究』 福田節也 "Leaving the Parental Home in Post-war Japan: Demographic Changes, Stem-family Norms and the Transition to Adulthood," Demographic Research (Max Planck Institute for Demographic Research) |
人口学研究会(編)『現代人口辞典』 | 小川直宏(下記を含む一連の業績) Shripad Tuljapurkar, Naohiro Ogawa, Anne H. Gauthier (eds.), “Ageing in Advanced Industrial States” (Riding the Age Waves ? Volume 3) |
| 第14回(2014年) | 阿藤 誠,西岡八郎,津谷典子(他)『少子化時代の家族変容 パートナーシップと出生行動』 | (2編) 寺村絵里子「女性事務職の賃金と就業行動-男女雇用機会均等法施行後の三時点比較-」『人口学研究』 小池司朗「地域メッシュ統計の区画変遷に伴う時系列分析の可能性に関する一考察―測地系間・メッシュ階層間の比較から― 」『人口問題研究』 |
浜野潔『歴史人口学で読む江戸日本』 | 阿藤誠(下記を含む一連の業績) 阿藤誠ほか『少子化時代の家族変容 パートナーシップと出生行動』、『現代人口学』、『先進諸国の人口問題 少子化と家族政策』など |
| 第15回(2016年) | 澤田 佳世『戦後沖縄の生殖をめぐるポリティクス―米軍統治下の出生力転換と女たちの交渉』 | (2編) 永瀬 伸子「育児短時間の義務化が第1子出産と就業継続、出産意欲に与える影響:法改正を自然実験とした実証分析」『人口学研究』 是川 夕「日本における外国人女性の出生力 ― 国勢調査個票データによる分析 ―」『人口問題研究』 |
松田 茂樹『少子化論―なぜまだ結婚、出産しやすい国にならないのか』 | 該当なし |
| 第16回(2018年) | 該当なし | 桃田朗”Intensive and Extensive Margins of Fertility,Capital Accumulation,and Economic Welfare,”Journal of Public Economics | 筒井淳也『仕事と家族-日本はなぜ働きづらく、産みにくいのか』 | 大塚柳太郎『ヒトはこうして増えてきた-20万年の人口変遷史』 |
| 第17回(2020年) | 該当なし | 小西 祥子, Soyoko SAKATA, Mari S. OBA, Kathleen A. O'CONNOR ”Age and Time to Pregnancy for the First Child among Couples in Japan,”The Journal of Population Studies | (2編) 森田 朗/国立社会保障・人口問題研究所『日本の人口動向とこれからの社会-人口潮流が変える日本と世界』 丸山 洋平『戦後日本の人口移動と家族変動』 |
石川 義孝『流入外国人と日本―人口減少への処方箋―』 |
| 第18回(2022年) | ⻄岡八郎・江崎雄治・小池司朗・山内昌和(編)『地域社会の将来人口: 地域人口推計の基礎から応用まで』 | (2編) 打越文弥・⻨山亮太「日本における性別職域分離の趨勢―1980‒2005 年国勢調査 集計データを用いた要因分解―」『人口学研究』 守泉理恵「日本における無子に関する研究」『人口問題研究』 |
安元稔『イギリス歴史人口学研究—社会統計にあらわれた生と死』 | (2編) Hara, T. An Essay on the Principle of Sustainable Population. Springer. 津谷典子・菅桂太・四方理人・吉田千鶴(編)『人口変動と家族の実証分析』等の一連の業績 |
| 第19回(2024年) | 田辺国昭・是川夕監修/国立社会保障・人口問題研究所(編)『国際労働移動ネットワークの中の日本』日本評論社 | 福田節也・余田翔平・茂木良平「日本における学歴同類婚の趨勢:1980年から2010年国勢調査個票データを用いた分析」『人口学研究』 |
小島宏・和田光平『セクシュアリティの人口学』原書房 | 該当なし |
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First drafted August 30, 2000
Last revised on June 19, 2024